誰のための労働審判? 制度の抜本的な見直しが必要です。

今年4月に「労働審判制度」が施行されました。この制度の施行にあたっては、労働組合運動に深く関わってきた弁護士などが、日本にもヨーロッパにおける「労働裁判」のように、迅速かつ簡単に労働者の権利救済がなされる制度が必要であると、実現に尽力してきたという経過があります。しかし、いざ労働審判が開始されると、様々な問題点が浮上してきました。

最も大きな問題は、当初は労働者個人で申し立てができ、費用もかからないと思われていたにもかかわらず、代理人(すなわち弁護士)をたてなければ、申し立てが「受理されない」ということです。そのようなことは労働審判法には示されていませんが、実際に個人で申し立てを行っても、裁判所における受付段階で書類が受理されなかったりするのです。それに弁護士を代理人に立てるためにはお金がかかりますし、「成功報酬」も払わなければなりません。結局は、「少しだけ安い裁判」になってしまいます。

さらに、この労働審判で下された結論については、不服の場合通常の裁判になってしまうという問題があります。使用者側に不利な決定が出された場合、これを不服とする使用者は当然裁判に持ち込むのですから(そして地方裁判所ではじめから審理されます)、これでは意味がありません。時間と労力とお金がかかるだけです。

問題点の二つめは、労働審判委員の問題です。

裁判官と2名の労働審判委員が決定を下すのですが、労働側の委員とされている委員は、実は審判の行われる当日にしか証拠資料見ることができません(しかも「閲覧」という形で時間も限られています)。労働審判委員はまた、当事者にアドバイスもできなければ打ち合わせの場を持つこともできないのです。これでは労働者側から選出され、研修を積んだ「委員」(連合などの大労組から選ばれている)でも、どれほど労働者の役に立つかわからないのです。

加えて、労働審判は「個人」の申し立てによるため、代理人の他は自分1人しかいないのです。使用者側については代表者でなくても課長でも複数でも出席できているという状況があります。非常に不公平です。労務、労働契約に関する資料は使用者側のものですから、まさに裸同然で申立人は労働審判の場に臨むのです。

その解決内容も問題があると伝えられています。

「解決相場」のようなものができあがりつつあるといいます。労働審判のほとんどは「和解」で解決しているようですが、その際の「解決金」があまり高くない水準で定まりつつあるようなのです。解雇の場合、解雇された労働者はこれを不当と思うから申し立てるのですが、いざ労働審判にかけてみると安い水準の「円満退職」を迫られるというのでは、誰のための労働審判制なのでしょうか? これでは、使用者側が大いに利用し始める危険性すらあります。

現在、多くの労働組合は労働審判の効果については懐疑的です。「簡易」、「迅速」に労働者の権利が奪われるような制度は要らないからです。このような実態があるから、労働審判制を利用する労働者は全く増えていません。腰を据えて使用者側と闘うのであれば通常の裁判の方が有利です。労働組合であれば、労働争議の発動や労働委員会の活用もできます。

初年度である今年は、この制度成立に尽力した労働側に立つ弁護士が多くの事案を作り、制度を利用しましたが、現在では「引き気味」の弁護士もいます。

いま、労働審判制の抜本的見直しが必要になっています。

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