信じられないこと(ライブドア問題にカルトを感じる)

ライブドア偽計・風説の流布問題は、堀江社長以下4名の逮捕によって、局面が大きく展開したが、今後は「なにが悪いのかわからない」と本当に思っているらしい堀江社長以下のライブドア経営陣が国家と法の壁の隙間を穿つか(そんなことができるのか)、検察・国家がいかにこの「市場原理」の子供達の犯罪性を立証していくかが焦点になるのであろう。

資本主義を、とくに小泉首相も信奉する「市場原理主義」を信じて、その中に夢を求めたホリエモンだが、超アナログな手法も駆使される取り調べの前には、多分無力だろう。それに、取り調べられているうちに、ライブドアの「どこでもドア」は、魔力を失うだろう。

それにしても、見事に切り捨てられたものである。法も法の運用も、所詮国家権力が握っているという自明のことを、いま彼は氷点下の小菅の独房で痛いほど感じているのか?

気になることがある。それは、「目」だ。あるいは「表情」である。誰かといえば、ライブドアの社員だ。それは、あまりにもカルト的な表情ではないか? このことは、かなり多くの人たちが感じていると思う。信じて疑わない顔。飛び抜けたグルが居て、その周辺にグルの威光を高めるエリート集団が居て・・・。なんであろうか?

なぜ疑わないのか? 絶対的な価値観がそこにあって、それは真実であって、間違いが無くて、そして、自分達は幸福になれる、と思うとあの顔になるのか? (うーーん。バブル全盛の時には、日本中が多少それに近かったかもしれないか?)

私のように、資本主義の基本は反人間性であり、まやかしであり、とうてい社会規範になどなり得ないと思っている者には、それこそ信じられないことである。

もう一つ。やはりマスコミである。
マスコミが今回も作った。ジャーナリズムについて語るならば、日本のマスコミは完全に無能である。何社かが買収されかかり、共同経営を表面上行い、そしてそれらのことが為されている間、ライブドアの「違法性」を伝えたところなどどこも無いのである? なにも取材していないのだ。むしろ、ライブドアの「ライブ」に参加していただけである。自分達が登場人物になって、自分達がその姿を報道して・・・と。オウム真理教のときから、マスコミはさらに退化しているみたいである。
市場原理主義は「カルト」である、という視点ぐらい持って欲しい。

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