「カチン州記念日」祝典(1月8日)に参加して思ったこと。

1月8日(日)夜、東京・高田馬場で、「カチン州記念日」の祝典が開かれた(写真下は、「マナウダンス・勝利の踊りを行う主催者達)。

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カチン民族は、ビルマ、中国、インドの山地に居住する人々(一定の言語・文化を共有する人々)で、人口は百数十万人にのぼる。ジンポー、マルー、ラシー、アヅィー、ヌン、リスー、ラワンなどに分かれるが、婚姻制度などにおいて相互に深い関係性を持っているという。

「カチン」はビルマ州の名前となっているが、自らは、民族を代表する名称として「カチン」よりも「ジンポー」を用いている。

このカチン州について昨秋以来、マスコミが取り上げ始めていることは、この「おれんじの樹」でも述べてきたが、ビルマの矛盾が集約された形で、この「カチン州」に表れているとも言える。

第1に、軍事独裁者達の残虐な弾圧と支配がある。カチン独立軍とビルマの軍事独裁は2001年に休戦協定が結ばれたが、その後、ビルマ軍事独裁側による殺戮が後を絶たず、今年に入ってからも1月2日にカチン人が殺されるという事件が起きている。

第2に、このカチン州の豊富な地下資源をめぐり、軍事独裁者が中国に利権を売り渡し、カチンの人々からその富を奪い続け、伝統的共同体を破壊し続けているということがある。このような中で、生活の場を奪われたカチンの女性が中国(遠く北東部の農村にまで)に「身売り」されるという深刻な状況も発生している。
自然破壊も深刻なものがあり(森林を伐採し、中国に持っていく)、金の採取において使われた水銀がたれ流され、河川を汚染しカチンの人々が奇病(水俣病ではあるまいか?)に罹っているとの報告もある。

第3に、宗教的弾圧である。カチンの人々はキリスト教徒が多いが、その宗教的施設を軍事独裁側が破壊する行為が発生している。

カチンの人々はこれらビルマの軍事独裁者の支配に対して良く闘っているが、地域的に国際的支援が受けにくいことや、情報が乏しいことによる苦しい闘いになっている。

日本には200名ほどのカチンの人々が居住しているというが、彼らの危機意識も当然強くなっている。今回、日本ではじめて「カチン州記念日」を挙行したことの背景にはそれがある。

今後、カチンの人々の活動に注目していきたい。

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